青戸さんは、20年ほど前、子どもの環境を考え松江市内中心部から片江地区内に転居。10年間を同地区で過ごしました。「子どもは泳ぎを覚える前に、潜ることを覚えました」というエピソードからも伝わる片江の自然の豊かさ。そして、外に出れば子どもたちに声をかけてくれ、“地域で子どもを育てる”を地で行くような人の温かさ。人や車の雑踏は波音に、街の明かりは満天の星あかりへと一変し、「豊かさ」が人工的なものから天然ものへと転換していったそうです。

仕事に育児、勉強、友人関係など、脳内がモヤモヤに支配され気味なら、いっそのこと“何もない田舎”でリトリートしませんか?“何もない”は言い換えれば、情報がシンプルで魅力をダイレクトに体感できる場所。今回紹介する「かたゑ庵」は、紺碧の日本海を舞台にしたカヤックをはじめとするアクティビティが評判の宿です。観光地ではない漁村の宿ながら、口コミで話題となり、国境を越えたボーダーレスなリピーターの輪が拡大中!

暮らすように旅する
漁村のゲストハウス
国宝「松江城」がある松江市街地から車で約20分。美保関の岬へ向かう海沿いの道を走っていると、ふと目の前に現れるのが片江の町。「石州瓦」の赤褐色の屋根が印象的な、人口およそ500人の漁村です。「ひなびた港町」の言葉がしっくりくる、懐かしい雰囲気が漂う町の一角に、古民家ゲストハウス「かたゑ庵(かたえあん)」があります。

周辺の景観に配慮して看板の存在感は控えめ。なので訪れる際は、入口に並ぶ松の木と、海へ向かう道端に置かれたカヤックを目印に。入口から一歩中に入れば、そこには木の温もりに包まれた古き良き和空間。実家のような安心感が包み込みます。迎えてくれたのは、オーナーの青戸裕司(あおとゆうじ)さん。朗らかな笑顔で、あっという間にその場を温かい空気で満たしてしまう方でした。

SNSをやらない!?
“行ってみたい!”を集める戦略
内閣府青年国際交流事業のひとつ「青年の船」に参加したり、ホストファミリーとして海外からのゲストを受け入れたり。40ヵ国以上の人々との交流を通じて、多様な異文化を経験してきた青戸さん。いつかゲストハウスを構えたいと考えていた時、以前居住していた片江地区内の古民家が売りに出されていることを知りました。
当時の状況は「最初のころはまるでお化け屋敷だった」と語るほどで、まずは改修すべく、クラウドファンディングで資金を調達。並行して定期的な住民説明会兼交流会も行い、地域からの理解も得ていきます。また、宿の目玉として、ゲストを地域の一般家庭に招き、食事と交流をする「民食」サービスを考案。モニターとしてノルウェーからの旅行者グループを受け入れ多くのメディアを受け入れるなど順調な滑り出しでしたが、オープンして間もなく新型コロナが世界で大流行。

すべてのプランが白紙となる大ピンチ!けれど青戸さんの心は折れず、戦略設計に注力します。ビジネスフレームワークなどを活用して、片江と「かたゑ庵」の魅力を改めて模索。その中でたどり着いた答えのひとつがカヤックでした。自身も惚れた豊かな自然を満喫できるカヤック。特注の3人乗りのカヤックを2艇購入し、ガイドとゲストが一緒に乗ることで安全性を確保し、初心者でも洞窟などへ連れて行けると考えたのです。


加えて、ほとんどのSNSは使わず、またOTA(旅行サイト)も使わず、かたゑ庵独自のHPに情報を集約。“たまたまSNSで見つけた”のではなく、ウェブ上で主体的に検索、つまり“本気で探してきた”人たちを集める作戦です。結果として、本気の体験者のクチコミがオンライン・オフライン問わずに連鎖していき、国境を越えて多数のファンが集まっています。ロビーに置かれたメッセージノート(34カ国、各国ごと)からも、そのボーダーレスぶりが伺えますよ。
大自然の息吹を感じる
ジオパークカヤックツアー
「かたゑ庵」で外せない体験コンテンツのひとつがオリジナルのカヤック体験。片江湾は、島根半島・宍道湖中海ジオパークの一部としても知られ、波の穏やかな入江からダイナミックな岩肌の洞窟まで、多彩な表情を見せてくれるエリアです。透明度が高く、いつでもスイスイ泳ぐ魚の姿を見られますよ。認定ジオガイドであり、カヤックインストラクターでもある青戸さんが同乗するので安心なのはもちろん、豊富な知識による各スポットの説明も楽しみ。


また、バリエーション豊かなオプションも必見。無人の岸辺に船をつけ、薪を集めケニーケトルでお湯を沸かしてコーヒーをいただく「サバイバル海カフェ」、同じく無人島で抹茶を味わうサバイバル海野点(抹茶)。さらに、カヤック体験中の様子を動画や写真で残し、後日送ってもらえるサービスまで。ツアー中はもちろん、余韻すらも楽しませてくれるアイデアが満載です。
ラウンジに昭和レトロ部屋と、
まるで秘密基地!

気になる滞在スペースはといえば、多様な文化にふれてきた青戸さんならではの仕掛けがいっぱい。その象徴的な場所がラウンジバー。小学校の階段だった板材を再利用したバーカウンター、船体をアレンジした棚、誰でも自由に弾けるギターや電子ピアノといった楽器などなど。初めてのゲスト同士でも、自然と会話が盛り上がる要素があちらこちらに。そのほかにも、昭和の香りに満ちるギャラリーに、会議室、存在感絶大な甲冑が鎮座するパブリックスペースと、どこを切り取っても話題になりそうな場所ばかり。


一方の客室はゲストルーム定番のドミトリー、和室、女性専用の相部屋個室、そしてハーバービューの洋室。撮影用のミニスタジオとゲージ付きのペット連れルームも。この国籍・属性・趣味嗜好を問わない客室・備品ラインナップは、これまでに多くの人と交流してきた青戸さんだからこそ。

マイクロツーリズムで
より深く島根を知る
「かたゑ庵」を拠点に、周辺地域を巡る「マイクロツーリズム」もおすすめ。車で15~20分圏内には、国宝に指定される「松江城」、えびす様を祀る全国約3000社の総本社「美保神社」、ゲゲゲの鬼太郎の作者・水木しげる先生ゆかりの「水木しげるロード」と、観光名所がいろいろ。隠岐諸島へ向かうフェリー乗り場や米子鬼太郎空港という交通の拠点も圏内にあり、「かたゑ庵」をハブに島根・山陰旅をプランニングするのも一策です。実際、「かたゑ庵」を拠点にした連泊利用者の方は増加中とのこと。

また、最近では2人乗りのタンデム自転車レンタルをスタート。ゲストハウス周辺に点在する神社や禅寺、古道といった、地元民すら知らない穴場巡りも楽しいですよ。2馬力で漕げる自転車なので、少し遠出してカメラ片手にジオパーク×フォトツーリングも。(撮影時のみヘルメットを外しています)
永住前提ではなく
“期間限定の移住”を推奨

「しまね田舎ツーリズム」を利用する方の中には、島根を含めた地方移住検討中の方も少なくありません。そういった背景の中、青戸さんは「特に子育て世代の方には、5~10年くらいの期間限定の移住をおすすめしています」と話します。青戸さん自身、息子さんが1歳・3歳の時に片江地区へ越してきた人。移住したくても定住できるかどうか不安な方のジレンマも、よく理解していらっしゃいます。
まずは漁村が持つ多彩な人・モノ・コトにふれる“歓交”を通じて、今住んでいる場所との違い、そして“もしも片江に住んだら”のイメージを膨らませてみましょう。「かたゑ庵」では長期滞在はもちろん、期間限定の移住検討者向け滞在プランがあります。気になることは青戸さんに聞いてみてくださいね。
